名古屋高等裁判所 昭和27年(う)1222号 判決
原判決を査閲すると同判決はその判示第二事実として論旨摘録の通り被告人が原審相被告人小島鉄次郎と共謀して被害者小島武男の死体を被告人方居宅内土間の芋穴に運び込み同所に隠匿して遺棄した事実を認定し刑法第百九十条を適用処断していることが明かであるが凡そ死体遺棄罪が処罰せられる所以のものは信教上の信念に基く吾人の死者に対する感覚を害する行為を処罰せんとするにあるものと解しなければならない。即ち人類は古今東西を問わず死者に対し限りなき追慕を感じその死体を懇ろに葬り長く之を紀念して礼拝の対象とする信教上の信念を有するのである。従つて死体を遇するの措置が吾人の信教上の信念に適せず世上一般に行われる慣行に従わず死体を冷遇放置するが如きは到底吾人の信教上の信念の許容し得られるところではない。之を本件被告人の原判示死体の措置について観ると原判決挙示の証拠によれば被告人は小島武男を殺害後原審相被告人と相謀り一先づ右死体を被告人方二階押入に隠しおき翌日深夜両名共同して自宅土間に在る長さ一間巾三尺深さ三尺位の芋穴に投入し、板製の蓋を蔽つて隠匿しその後死体の上に土砂を推積し更に被告人の手においてコンクリートを以て張り固めた事実が明白であつて斯かる方法による死体の措置は前記説明の如き死体の処遇につき吾人の信教上の信念と慣行に従い死者に対する礼を尽したものとは到底云えないから原判決が被告人の右死体遺棄の罪につき刑法第百九十条を適用したのは相当である所論期待可能性の理論又は右死体遺棄の行為は殺人に吸収されるとの議論は本件に適切でないから原判決には毫も所論の如き法令の適用を誤つた違法はないのでこの論旨は採用出来ない。